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広島高等裁判所松江支部 平成6年(ネ)23号 判決

大阪市西区新町3丁目14番13号

控訴人

日本交通株式会社

右代表者代表取締役

澤志郎

右訴訟代理人弁護士

伊丹浩

松江市灘町65番地2

被控訴人

日本交通株式会社

右代表者代表取締役

田川孝雄

右訴訟代理人弁護士

平山茂

木村修治

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の平成元年5月16日開催の定時株主総会(以下「本件総会」という。)における左記の決議をいずれも取り消す。

1  第39期貸借対照表,損益計算書及び利益金処分案承認の決議

2  田川孝雄(以下「田川」という。),石村巌(以下「石村」という。),中島大一(以下「中島」という。),田中信一(以下「田中」という。)及び新谷栄(以下「新谷」という。)を被控訴人の取締役に選任する旨の決議

第二事案の概要

次のとおり訂正,付加するほか,原判決1枚目裏12行目から33枚目裏8行目のとおりであるから,これを引用する。

一  原判決の補正

1  1枚目裏末行から2枚目表1行目の「被告」を「被控訴人の取締役」と,同7行目の「る(弁論の全趣旨)」を「り,第39期(昭和63年3月21日から平成元年3月20日)の期末現在,資本金4800万円,負債総額約2億3866万円であり,株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律にいう小会社に当たる会社である(弁論の全趣旨)」と,3枚目裏8行目の「1504万」を「1508万」とそれぞれ改める。

二  控訴人の主張

1  平均的株主概念が妥当するのは公開会社である。

即ち,証券取引法が公開会社に対し作成及び公衆に対する縦覧を義務付けている有価証券報告書の記載内容は,会社の概況に始まって,事業の概況,営業の状況,設備の状況,経理の状況,親会社及び子会社に関する事項等広範なものであるから,これにより平均的株主が会社の概況を正確に理解し,議案に対する賛否の合理的な判断をするために必要な情報を得ることが可能となるのである。

従って,商法上の小会社の被控訴人についても,平均的株主概念が妥当するのであれば,その株主総会における控訴人の質問に対する被控訴人取締役の説明内容は不十分なものであるから,説明義務違反があることは明らかである。

2  道路運送法に基づく一般自動車運送事業会計規則(以下「運送会計規則」という。)は,一般自動車運送事業者の損益計算書について,営業損益を一般自動車運送事業とその他の事業に区分し,前者については更に路線バス,貸切バス,タクシー等に区分して,各事業毎の収益,費用及び損益の記載を要求しているところ,これは,許,認可事業のバスやタクシー事業における「事業年度,勘定科目の分類,帳簿書類の様式その他の会計に関する手続」を定めるものであるから,商法の株式会社の計算に関する規定の特別法の地位にある。また,運送会計規則は,「一般自動車運送事業営業費明細表」について,事業別に営業費の明細の記載を要求し,収益,費用及び固定資産のそれぞれについて,関連科目毎に事業別の配分基準並びに配分率を「各事業に関連する収益及び費用並びに固定資産の配分に関する明細表」に記載することを要求しているところ,右各明細表は,同規則により財務諸表として作成されるべき書面であるから附属明細書と評価されるべきものである。更に株式会社の会計の実務を支配してきた証券取引法に基づく「財務諸表等の用語,様式及び作成方法に関する規則」(以下「財務諸表規則」という。なお,その基礎には企業会計原則があり,その第二の損益計算書原則によれば,被控訴人の損益計算書については,バス,タクシー及びタクシー代行の各事業毎に費用及び収益を区分して記載し,かつ共通の費用についても一定基準に基づいて分類して各事業毎に収益に対応する費用項目として表示することが必要である。)が「当該事業の所管官庁に提出する財務諸表の作成方法等について,特に当該事業の所管官庁がこの規則に準じて制定した財務諸表準則がある場合には,当該事業を営む株式会社(民営旅客自動車運送業を営む会社も含まれる。)が法の規定により提出する財務諸表については,右準則の定めによるものとする。」旨定めている。

しかして,これら運送会計規則や財務諸表規則等は,商法32条2項の「公正なる会計慣行」に当たることが明らかであるから,被控訴人の取締役に,これらの規則に基づく記載事項であるタクシー事業,バス事業,タクシー代行事業の収支について説明の義務があることは明らかである。

3  なお,運送会計規則によると,本社その他の管理部門に係る経費を一般管理費に計上すべきものであるから,独立の事業のタクシー代行の費用の大部分を一般管理費中の雑費の項目に計上することは,右規則に違反したものである。

また,被控訴人において,タクシー代行の売上げがごく小額であるとしても,計算書類承認決議には,取締役の経営責任明確化機能があることに鑑みると,損失を出しながら事業を継続することの是非を問う前提として,少なくとも,タクシー代行について,収入の外に支出の総額を開示すべきものである。

三  被控訴人の主張

1  平均的株主概念はその実在を問題にするのではなく,商法所定の取締役の説明義務の範囲程度について,質問者や取締役らの主観を考慮すべきではなく,それを離れた客観的な基準として,決議事項についていえば一般の株主がその賛否の合理的な判断をするために必要な程度に,報告事項についていえば一般の株主がその内容を理解するために必要な程度に,それぞれ説明がなされたか否かを判断するための客観的な基準としての概念であるから,その実在を云々することは的外れの議論である。

2  商法が,附属明細書の記載事項について特に規定している趣旨からすれば,商法は,株主総会に提出する計算書類についての説明の範囲程度を,附属明細書の記載の限度で足りるとしているのである。

そして,附属明細書は,貸借対照表等の計算書類の記載を補足する事項を含むから,計算書類に関連した質問で計算書類に記載がないが,附属明細書の法定記載事項として記載されているものがあれば,その限度で説明すべきものと解されるのである。そして,単に附属明細書の金額についての質問であればその数字を読み上げることで足りるが,記載内容の不明確や不正確あるいは矛盾点などについての質問であれば,その説明を要することになるのである。しかし,それ以上,附属明細書の各科目や記載事項の更にその内訳等の説明義務はないのであり,少なくとも原判決説示のとおり,細かな計数や会計帳簿を調査して始めて知り得る事項についての説明義務はないのである。

なお,説明義務は,不明な点を説明する制度であるから,質問株主が,その質問事項について説明するまでもなく,既に情報を得ていることが明らかな場合,その程度に応じて説明を簡略化できることは,当然のことである。

被控訴人が本件総会で承認を求めた計算書類は,会社資産の構成状態を明らかにする貸借対照表,期間の損益を明らかにする損益計算書,会社の営業過程と成果を報告する営業報告書であるが,これらはいずれも会計帳簿に基づいて作成されたものである。しかして,控訴人は,これら計算書類作成の基礎となった会計帳簿を閲覧謄写しているのであるから,計算書類承認議案について賛否の合理的な判断をする上で必要な情報を人手していたのである。

3  被控訴人が本件総会で提出して承認を求めた貸借対照表,損益計算書等の計算書類は商法を中心に計算書類規則等の法令や,企業会計原則に基づいて適式に作成されたものであるから,会社の株主に対する謄本交付義務や説明義務は,これら商法等に準拠した計算書類に基づいて履行すれば足りるのである。

道路運送法やこれに基づく運送会計規則あるいは証券取引法に基づく財務諸表規則に基づく書類のうち,運送会計規則に基づくものは専ら道路運送事業の適正な運営及び公正な競争を確保すると共に道路運送に関する秩序の確立という運輸行政の見地からの監督手段の一環として作成が要求されるものであり,また財務諸表規則に基づくものは主として投資家に会計情報を提供し,企業の経営成績を明らかにし,有価証券の発行及び流通の両面から証券取引を規制する行政監督の目的から作成が要求されているものであって,商法上の会計帳簿,計算書類とは,本来,作成の目的を異にするものであるから,純粋に個人的経済的利益を追求する株主により,主として配当可能利益の算定を論議する場の株主総会に提出する計算書類や株主に対する説明事項が,主張の財務諸表に関する規定により規制される理由はないのである。

4  控訴人は,運送会計規則が商法32条2項の公正なる会計慣行に当たると主張するが,如何なる商業帳簿に関する如何なる規定について,その解釈上,どのように公正なる会計慣行を斟酌すべきものか学説上も明確ではなく,むしろ,公正か否かは当該商業帳簿の作成目的によって異なるとされているのである。

従って,商法上の計算書類が株主や債権者に対し会計情報を提供し,主として配当可能利益の算出を目的として作成されるのに対し,運送会計規則に基づくものが運輸行政的見地からの監督を目的として作成されるものであることからすると,商業帳簿のうち少なくとも計算書類に関する規定の解釈において,運送会計規則が斟酌すべき公正なる会計慣行となっているとまでいうことはできないのであるから,少なくとも,商法や計算書類規則に基づき,企業会計原則を斟酌して作成された本件計算書類が,公正さを欠くとか,違法であるとは到底いえないのである。

5  被控訴人の営むバスとタクシーの各事業は独立採算ではなく,総合経営であり,しかも小規模企業のため運転手も双方を兼ね,多くの経費が共通で,その区別が困難であるために,区分できるのは役務収入に止まらざるを得ないのである。

仮に,収支を区分すべきであるとしても,商法に基づく計算書類規則45条2項但書の趣旨からは,可能な限り収支の概況を説明すれば足りるところ,本件の場合,控訴人に対して損益計算書及び旅客運送事業営業費の内訳書を交付し,また本件総会でその両部門の概況の説明もしているから,可能な限り収支の概況を説明しているのである。

第三争点に対する判断

一  当裁判所も,控訴人の本件請求を棄却すべきものと判断するものであって,その理由は,次のとおり訂正,付加するほか,原判決33枚目裏10行目から68枚目表末行の説示のとおりであるから,これを引用する。

(原判決の補正)

1 35枚目裏11行目の「判断されるべきである。」を「判断されるべきであり,そして,取締役の説明義務制度の趣旨からすれば,質問株主に,右必要性についての主張立証の責任があるというべきである。」と改め,同末行の「差し支えないと解する。」の後に「けだし,取締役の説明義務の制度は,株主に対して,決議事項については賛否を決するための合理的な判断をするために,報告事項については合理的な理解のために,それぞれ必要な情報を提供することにあり,説明義務は右目的のための手段であるから,質問株主が会議の目的事項について合理的な判断あるいは理解をするために必要な情報を得ている場合には,もはや当該株主に対して説明する必要がないと解するのが相当であるからである。しかして,このことは平均的株主が合理的な判断あるいは理解をするために必要な限度で情報を開示すべき旨の前記原則と何ら矛盾するものではない。」を,36枚目裏1行目の「事運営が困難となる。」の次に「本来,平均的株主とは,実在する株主の平均を意味する概念ではなく,取締役が実際にした当該説明が,客観的に商法所定の説明義務の履行に当たるか否かを判断する基準としての概念である(もし,右平均的株主なるものがその実在性を意味するものであるとすれば,説明義務の履行の有無の客観的な判断が不可能となる。)。」をそれぞれ加え,同3行目の「説明義務違反」を「叙上の観点に立って説明義務違反」と改め,37行目表2行目の「そして」を「そして,取締役の説明義務は,株主総会が,その本来の権限ないし機能を効率的に発揮するために必要とする具体的な情報を,審議の過程に提供することを取締役に義務付けるものであって,それ以上に,株主の権利を拡大したり,特別の情報開示請求権を付与するものではないことに徴すると」と改める。

2 37枚目裏5行目の「また,」から同10行目の「必要はない。」までを次のとおり改める。

「被控訴人が本件総会で提出して承認を求めているのは,貸借対照表,損益計算書等の計算書類であり,これらの計算書類は商法を中心に計算書類規則等に基づいて適式に作成されたものであるから,会社の株主に対する説明義務は,これら商法等に準拠した計算書類に基づいて履行すれば足りるものというべきである。

なお,控訴人は,小会社は大会社と異なり,会計監査人による監査がなく,有価証券報告書による企業情報の開示もないから,小会社の株主が,これらの制度に代わる程度に経営や会計等に関する情報を得るための質問ができなければならない旨主張するが,小会社の被控訴人にも,株主総会のほかに,経営の意思決定及び業務執行の監督権限を有する取締役会があり,また会計監査を担当する監査役が置かれているのであるから,被控訴人の株主が,これらの機関を差し置いて,特段の事情もないのに,具体的な経営や会計等に介入することはできないと解するのが相当であって,控訴人の前記主張は,商法上,小会社においても,株主総会,取締役会,監査役が,それぞれ機能を分担すべきものとされている趣旨を無視するものといわねばならない。」

3 38枚目表8行目の「この点についての」から同裏1行目の「肯認し難い。」までを「なお,計算書類規則45条1項1号が従業員の状況について営業報告書に記載することを要求し,小会社の被控訴人においても,これによることが相当であるとしても,部門別・業務内容別の記載まで要求されていると解することはできない。」と,39枚目表3行目の「もっとも」から同9行目の「そして」までを「なお」と改め,同裏4行目の「原告らにおいても」から同6行目の「(証人澤),」までを削除する。

4 40枚目表2行目の「さらに」から同9行目の「できない。」までを,次のとおり改める。

「なお,道路運送法やこれに基づく運送会計規則あるいは証券取引法に基づく財務諸表規則に基づく書類のうち,前者は専ら道路運送事業の適正な運営及び公正な競争を確保すると共に道路運送に関する秩序の確立という運輸行政の見地からの監督手段の一環として作成が要求されるものであり,また後者は主として投資家に会計情報を提供し,企業の経営成績を明らかにし,有価証券の発行及び流通の両面から証券取引を規制する行政監督の目的から作成が要求されているものであって,商法上の会計帳簿,計算書類とは本来,その作成目的を異にするものであるから,これらの規定に基づく規制が,純粋に個人的経済的利益を追求する株主が,主として配当可能利益の算定を論議する場の株主総会に提出される計算書類や株主に対する説明事項に及ぶ理由はない。

商法32条2項の公正なる会計慣行を斟酌すべしとの規定の趣旨から,本件の場合,企業会計原則や主張の運送会計規則等を斟酌してバス事業や,後記のタクシー及びタクシー代行の各事業毎に,その収支を区分すべきであるとしても,右公正なる会計慣行の一として,商法に基づく計算書類規則も存在し,そして,主張の運送会計規則等が,右計算書類規則に優先する理由はないところ,右規則45条2項但書の趣旨からは,可能な限り収支の概況を説明すれば足りるのであり,本件の場合,控訴人に対して損益計算書及び旅客運送事業営業費の内訳書が交付され,また前記のとおり,本件総会でその両部門の概況の説明もされているから,可能な限り収支の概況を説明しているものといわねばならない。」

5 41枚目表6行目の「すなわち」から同裏1行目の「なり得ない。」を削除し,43枚目裏1行目の「ちなみに」から同4行目の「ない。」を「右うたい文句が右両社のための宣伝効果を有するものとしても,それは,あくまでも被控訴人の宣伝に付随するに過ぎず,被控訴人が右両者に不当な利益を付与しているものということはできない。」と改め,45枚目裏6行目の「現在の原告代表者である」を削り,46枚目裏11行目から同12行目にかけての「乙31」を「弁論の全趣旨」と,47枚目表5行目の「開示されることが望ましく」を「開示すべきものであり」と,同裏6行目の「(甲7)」を「(乙7)」とそれぞれ改める。

6 49枚目裏8行目の次に改行して次のとおり加える。

「なお,前記のとおり,運送会計規則は本件の場合に適用されないと解されるから,タクシー代行の経費の大部分を一般管理費中の雑費の項目に計上したことが違法ということはできない。」

7 51枚目裏9行目の「115番1」を「115番1(田 9.91平方メートル)」と,57枚目表5行目の「べきことも」を「べきこと,そして,質問株主が,当該事項に関して,平均的株主より多くの情報を有していることが明らかな場合には,そのことを前提に説明を簡略化できることも」と,62枚目裏10行目の「恐れがあるなどの」を「具体的な恐れがあるとか,その場合に被控訴人の経営が混乱する具体的な恐れがあるなど,田川の後継問題を論議する必要性についての」と,64枚目表4行目の「被告」を「控訴人」と,65枚目表8行目の「必要な情報を」を「必要な情報については,同人らの従前の業務執行に関する概括的な状況を含めて,これを」と,66枚目表8行目の「あるなど特段の事情」を「あるなど,その質問をする必要性についての特段の事情」と,67枚目表11行目の「閲覧すれば」を「閲覧すれば1か月単位で」と,同裏10行目の「右認定説示によれば」を「右認定説示のほか,控訴人が,右のとおり,被控訴人の会計帳簿の閲覧謄写により,関連会社4社との取引についての情報を得ることができる状況にあったことを考え併せれば」と,同11行目の「さ程重大なものとはいえず」を「本件総会の会議事項について,その賛否の合理的な判断や理解をする上で実質的な支障があったとはいえず」とそれぞれ改める。

二  以上の次第で,控訴人の本件請求は理由がなく,これと同旨の原判決は相当であって,本件控訴を理由がないから棄却することとし,控訴費用の負担につき民事訴訟法95条,89条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林泰民 裁判官 三島昱夫 裁判官 水谷美穂子)

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